世の中にない効果メカニズムや成分を求めて
製品が世の中に送り出されるまでの流れとSM開発薬理研究室の役割について教えてください。
井野口
SM開発薬理研究室では効果メカニズムの探索と検証、成分のスクリーニング、製品への配合に必要となる実験データを取得する役割を担っています。
体や肌の働きやそのメカニズムから、こんな成分や分子が有効ではないかといった「仮説」を立て、その仮説を「検証」するために様々な実験を繰り返します。次に、自然界に存在する膨大な数の化合物や物質の中から有効な成分を絞り込む「スクリーニング」を行い、効果がある成分を見つけると、体への作用や安全性などを評価し、化粧品に活用できることを立証していきます。
大正製薬では化粧品であっても「細胞モデル」での評価から、「培養皮膚モデル」での評価→「人の皮膚」での評価と、一歩ずつ着実に段階を踏んで効果検証を行うため、開発に数年もかかることがあります。
医薬品研究から受け継いだ細胞レベルの研究
細胞の研究とはどういったことでしょうか?
井野口
肌を構成する基本単位である様々な細胞や組織をベースに、細胞培養の環境や培養の期間を変化させてどのような変化が起こるのか、どのような仕組みで健常な状態を保たれているのかを遺伝子やたんぱく質の変化、細胞や組織の構成状態などを観察、評価することで、肌本来の持つ機能や環境や加齢に対抗するメカニズムを明らかにする研究です。
細胞レベルの機能研究、安全性評価に費やす期間は、メーカーによって異なるのかもしれません。しかし私たちは効果のメカニズムを明らかにするため、徹底して基礎的な研究を実施しています。毎日使うものだからこそ徹底した研究にこだわり、効果だけではなく安心・安全であるものを生活者にお届けしたい。それは大正製薬がずっと大切にしてきたゆずれない部分です。
製薬会社として、日々多くの医薬品を厳しい基準に基づき慎重に検証していますが、化粧品においても安全性が重要であることは変わりません。化粧品の製品化にあたって細胞評価は必須ではないのですが、皮膚での評価より厳しい評価系にて、医薬品と同等レベルで安全性を追求しています。
肌細胞研究はどんなきっかけではじまったのですか?
井野口
アトピー性皮膚炎や水虫など疾患に関する皮膚組織の研究は1990年頃から進めていました。美容分野へと広がるきっかけとなったのは、栄養ドリンクにも配合されるアミノ酸の一種タウリンです。
私は以前、タウリンを研究するチームに所属していたのですが、タウリンの皮膚への有用性を見出したことで肌細胞研究が本格化しました。タウリン=疲労回復のイメージが強いですが、生命活動の維持に不可欠なアミノ酸の一種。タウリンは加齢と共に減少してしまうこと、うるおいやバリア機能を向上させること、シワ予防に効果があることなど肌への効果もわかっています。
また、大正製薬ではヒトの細胞内に存在するミトコンドリアの働きを良好にする研究も長く続けています。そうした肌細胞研究とミトコンドリア研究が結びつき、最近発表された『マイトリガーゼ』の研究へとつながります。
若返りの鍵を握るマイトリガーゼ研究
マイトリガーゼについて詳しく教えてください。
井野口
マイトリガーゼは細胞の中のミトコンドリアに存在する酵素で、2006年に学習院大学の柳茂教授により発見されました。ミトコンドリアの働きに深く関わっているとされ、アルツハイマー病や心疾患などへの関与も明らかになっています。大正製薬ではミトコンドリアと肌老化の基礎研究を続ける中で皮膚や毛髪とマイトリガーゼの関係に着目。柳教授との共同研究を進めました。
私たちの体は細胞からできており、細胞が働くことで生命活動が維持されています。細胞の中で、細胞が元気に働くためのエネルギーを作っているのがミトコンドリア。マイトリガーゼはそんなミトコンドリアの中に存在し、ミトコンドリアの状態を良好に保っている酵素です。
細胞の働きに欠かせないミトコンドリアですが、エネルギーを生み出すと同時に有害な活性酸素を出してしまう困った性質があります。私たちはマイトリガーゼが減っていることがその原因ではないかと考え、マイトリガーゼ量が変化した場合のミトコンドリアや肌細胞の状態を評価する実験を開始しました。その結果、老化によりマイトリガーゼが減少するとミトコンドリアの機能が弱まり活性酸素が増加し、さらに、肌細胞が衰え炎症反応が生じるなど肌老化が加速する可能性がわかりました。
マイトリガーゼを減らさないためにはどうしたら良いのでしょうか?
井野口
残念ながら歳を重ねるにつれマイトリガーゼは減ってしまいます。それをどれだけ抑えられるかが鍵。実は、マイトリガーゼを増やす成分もわかってきています。
化合物や植物成分など考えられる素材を数多くスクリーニングしたところ、モモ、ハマメリスの葉、ボタンの根の抽出物でマイトリガーゼの遺伝子量が増えました。3成分を組み合わせることで肌細胞への効果が高まることも確認済みで、肌の透明感やバリア機能につながる因子が増えることを細胞レベルで確認しています。
スクリーニングは製品の種を見つけ出すために欠かせない工程の1つですが、途方もないくらい手探りです。ものによっては400〜500種類くらい調べることもあり、1年以上ひたすらスクリーニングしていたこともありました。効果だけではなく安全性もクリアにする必要があり、それらを乗り越えた素材を見つけ出したマイトリガーゼ研究は、美容の新たなアプローチとして社内外で期待と注目が高まっているのを感じます。
大正製薬での美容分野研究で大切にしていることは何ですか?
井野口
医薬品研究の長い歴史に比べれば、美容領域の研究はまだまだスタートしたばかり。これまでに得た多くの知見を土台に、試行錯誤を続けています。とことん効果を追求する実直な研究姿勢は私たちの強みであり、それは製品の信頼につながると信じています。細胞レベルの肌研究など大正製薬ならではの視点を深めると共に、美容領域での専門性を上げていくということが今後の目標です。
そして、世の中で明らかになっていないメカニズムや成分を見つけることは科学者として大きなやりがいですが、あくまでも最終的な目的はより良い製品をお客さまに届けること。OTC医薬品を担当していた頃から心に留めてきたことですが、科学者としての視点と一般生活者としての視点、両方を持っていることが大切だと感じています。
化粧品のお世話になっている一人の生活者としては、美しさへ導いてくれるストーリーに共感できると使いたくなるもの。製品になった時に語れるようなメカニズムや成分を見つけられたら嬉しいですね。